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靈氣の聖地鞍馬山散策内面編 アニータさんの臨死体験

2019年10月12日
靈氣の聖地鞍馬山散策内面編 アニータさんの臨死体験
夫がいわゆる看取りと言われる時を過ごしています


点滴1本で2ヵ月を過ぎました
理由はどうあれ
夫は私に罪悪感の解放と言う機会を作ってくれました。


この2ヵ月間、私の魂の学びは
日常での繰り返しでは味わえないだろう場面を見せてもらっています


そして、参加した直傳靈氣交流会・神んちゅ大石和美さんのお話し会で


臨死体験のアニータさんを紹介してもらいました
関分会分会の服部さんと、色々シンクロ体験を感じました



せっかくだから京都で1泊したら?と娘のうしろおしもあり

出かけた
鞍馬山散策そして、帰宅後夫の病室で感じた諸々

夫の意識は
あちらの世界とこちらの世界を
行ったり来たりしているように見えます

京都に出かける前も夫に伝えると
瞬きで了解!のサイン


40歳で林業に転職した夫に
鞍馬山の神杉のお守りを買って届けると

心拍が100に上昇!


靈氣の聖地鞍馬山散策内面編 アニータさんの臨死体験
靈氣の聖地鞍馬山散策内面編 アニータさんの臨死体験
ベット柵に付けると
すべて識っているよとばかり
ジーっと見つめていました

そして、そして
私が、私らしく過ごして楽しんでいた間
夫の少なかった尿量は1,200mlにもなり、サラサラの透明な尿になってました

どう言うことなのでしょう

夫が入院して、私は私の時間の過ごし方を自粛していました。そして気持ちはいつもザワザワ非常事態と言う感覚で
お出かけは避けて、なるべく夫のそばに居ようとしていました


そしてアニータさんの臨死体験をYouTubeで見て

人の意識についてもっと、大きな視野で見る必要があると実感しました


夫に、お父さんも鞍馬山散策に一緒に来てたの??と聞いてみると

瞬きで
『うん』と返事したような。。。


見た目は、病気で痩せこけているけれど

何しろ嚥下が出来ないので食べれないのです

夫が今体験している魂の世界は
外側からだけでは計り知れないなぁと思ったのです

夫と私の意識は共有している部分があるのでしょうね

私が楽しんだ分、夫も身体が整っている気がするのです


8月に、ガッテン農法ねじねじに参加した時も、夫がとても楽そうな呼吸に変わったのです

YouTubeでもアニータさんが癌で臨死されたあと、自分はありのままで完全だと知り
癌が完治した体験などいっぱい語られています
https://youtu.be/TPDmnKDU3X4

もう少し本を読み進めてみよう

そんな出会いがあり、私の鞍馬山散策のプチ旅は

私の内面だけを見つめて、直感だけで歩いて楽しむことが出来た時間でした

夫が入院中なのに、楽しんではいけないと言う罪悪感を手放す体験になりました


散策の旅https://ameblo.jp/rm3332/entry-12535008859.html







※直傳靈氣我が家の場合

入院中の夫へは、遠隔で靈氣を送ることが出来るのでとても便利です。おまけに靈氣仲間の皆さんからも遠隔を送ってもらったり、送ってあげたりしています

自分へも、病気通いで疲れると背中が痛かったり歯茎が腫れたりetcありますが
背中へは、遠隔で自己靈氣出来ます
歯茎へも指先使って靈氣やります

お陰で大事に至らず
とても重宝しています


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この記事へのコメント
五井先生はこの後どうすればよいか書いていないので、私が聖霊から受け取った答えをシェアします。

 そのような悲しみや痛みの感情を向けてくる木々を許してください。その感情は、無条件の愛を求める叫びなのです。あなたと、あなたのご主人が、この世の生きとし行けるものすべて等しく愛すのであれば、木々の痛みのこだまの幻想は消えてなくなります。

 当然、あなたとあなたのご主人の特別な関係もワンネスの中に溶けていきます。お互いをお互いに特別だと思う心に、無条件の愛が入る余地はありません。

 ビックバン1秒前の原点の創造主の意識は、私達の細胞一つ一つにいきています。そこには原因と結果、手段と目的、すべてがひとつです。ただ愛が存在するだけ。

 身体という目に見える幻想の中、すべてが繋がっているということを感覚的に理解することは難しいかもしれません。

 しかし、量子力学の科学の世界でも、物体は突き詰めれば、波動ということがわかっています。しかもこの波動は観察者によって観察されるまでは特定できないのです。

 このことは、目に見える身体が幻であるということの科学的証左にもなっています。

 目に見える身体にとらわれず、全てとつながっているワンネスの感覚、そして、そこには愛しか存在せず、時間もなく、始まりも終わりもないということを深く体感できればできるほど癒やしが訪れます。

 さらに、誰かを価値判断すること停止して、自分が記憶の中からしか人やものごとを理解することができたのであれば、イマココの瞬間に愛しかないことが体感できるはずです。

 その愛の海にすっかりつかり、死地から生還したのがアニータなのではないかなと思っています。

 もう何度も聴かれたことかもしれませんが、魂は不滅です。魂(霊体)が身体で、幽体がシャツで、身体が上着です。上着が燃えて炭になってしまったからといって、身体が無くなってしまったと思う人はいません。

 本当の身体、魂(霊体)は、愛そのもので、愛以外の言葉を聴くこともできなければ、愛以外の言動を見ることもできません。なぜなら、それらは全て愛を求める叫びで幻影でしかないということを知っているからです。

 お二人にとって、本当に満足のいく日々を過ごされること心中より記念しております。
Posted by 五井先生の言葉のついきです at 2019年10月12日 12:32
【「ある日の五井先生」清水 勇 著より】
(五六)木への感謝(1/18)

 一九九九年(平成十一年)から始まった次元上昇のご神事では、法友の応援も頂いて日本国内を初め、南米、北米、ハワイ、韓国、台湾で印を降ろしてまいりました。(2/18)

特に日本の場合は神社、寺院でも数多く印を組みましたが、周囲や境内地に立つ巨木の数々がとても印象に残りました。何百年という年輪を重ねた巨木の偉容とそのエネルギーに圧倒され、敬虔な気持ちになって思わず祈り、木の肌に手を触れて交流させてもらいました。(3/18)

時には、かつて巨樹を巡っておられた高橋英雄さんのことを思い出して、「高橋さんに見せてあげたいなあ」などと独り言をつぶやくこともありました。(4/18)

 話は五井先生の頃に戻ります。ある日、会員さんに頼まれた二枚の写真をもって昱修庵の先生のところへ伺いました。お浄めをお願いすると、「この人たちはどんな仕事をしているの?」と訊ねられました。(5/18)

どういうわけか、たまたまお二人の会員さんは材木屋さんで、それぞれ関西のS市と甲信越のK市にお住まいでした。(6/18)

 お浄めが済むと先生が、「古木(こぼく)を扱うから日本の材木屋さんはノイローゼの人が多いんだよね」とおっしゃいました。(7/18)

 私たちは、木といえば、ただの材木という感覚しかありません。無造作(むぞうさ)に伐り倒し、平気で足蹴にしています。枝なども無闇やたらに伐り落として何とも感じていません。感謝などさらさらありません。(8/18)

 五井先生は次のように教え諭して下さっています。(9/18)

 「生きとし生けるものは、みんな感情があるわけです。神さまになっちゃうと感情を超えてしまいますけれど、みんな人間と同じように感情がある。それで感情霊というんです。(10/18)

(中略)それから古い木、大木を黙って伐るのはいけません。木に精がいます。聖ヶ丘道場へくる途中に銀杏(いちょう)(下矢切(しもやぎり)、愛宕(あたご)神社前)の大木が二本あるでしょう。(11/18)

夫婦銀杏(めおといちょう)ですね。そこにきれいな髭(ひげ)をはやした老翁がいるんです。私が行きますと、いつもちゃんと迎えに出て、案内してくれていたのです。(12/18)

 ところがこの間うち、あの枝をみんな伐っちゃった。そしたら老翁が出て来ないんですよ。いなくなっちゃった。そこで、私祈っていたら出てきましたがね。銀杏はまた(木の勢いを)回復すると思います。(13/18)

 普通ならば罰(ばち)があたりますよ。老翁の怒りでもってやられます。しかし私祈っておりますし、罰あてないようにと思っているんです。罰というのは神さまがあてるのではなく、感情霊とか自然霊とかね。(14/18)

 植物でも生きているものでしょう。生きているものを理由もなく無断で伐れば、これはシャクにさわりますよね。黙って伐ってはいけないです。(15/18)

 伐る場合には、銀杏さんなら銀杏さん、私の都合ですけれども伐らなければならなくなりました。かんべんして下さい。といって一遍祀(まつ)ってやる。どこかに小さな社でもつくって、祀りかえなければいけませんね。(16/18)

 そういうようにすれば、精たちも感情霊もわかります。それでなかったら、世界平和の祈りをして、世界平和の祈りをあなたのためにいつも祈りますから、どうか赦して下さい、といって伐るように。(17/18)

 やっぱり断りなしに伐ってはいけません。そこに住んでいるんだからね」(『私に荷物を預けなさい』)
 あらためて庭木、家屋、家具、木工具・・・・木への感謝を新たにいたしました。(18/18)
Posted by 五井昌久先生の言葉を転記します at 2019年10月12日 11:39
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